2006年03月06日

新しいと思う事柄を紹介するとき

第9回行動療法コロキウムin鳴門に行ってきました。
伊藤 義徳先生(琉球大学教育学部)
パニック障害の認知行動療法:残存症状にマインドフルネストレーニングを適用した症例
パニック障害と考えられる患者に急性期にはエクスポージャーを中心とした介入を,その後マインドフルネストレーニングを適用した。
コメンテーター 井上和臣先生
を聞いておりました。
1/3ぐらいが理論の紹介で,パニック障害のところでエクスポージャーについてRachmanの情動処理理論,パニック障害についてClarkのカタストロフィック認知理論モデル,そしてどちらも1986ごろ。20年間,進歩なし?というのに,ため息でした。そんなはずはないのですけど。
レスポンデント条件付け,オペラント条件付けの消去に関しては,未だ決定打はないものの,1980年代からとは変わったことを知っています。私は認知理論は追いかけていないので,こちらはわかりません。
症例は,3ヶ月,広場恐怖に対してエクスポージャーをして改善,それから,1年半,認知再構成をして,種々の日常生活や体調に関する愁訴が出現し,全体的に悪化,そして,半年間,マインドフルネスをしたら改善したというものでした。
演者の解釈は,「私の認知再構成が下手だったから」
私の解釈からすれば,さまざまな日常の出来事に対する心配の訴えに対して,認知再構成をした,そのときに正しい認知を教えた,そうするとルール服従行動(Ply)が増えた。訴えそのものの頻度は増え,セラピストとクライエントも不満を強めた。
マインドフルネスをすると宣言して,ルールを呈示し,従った場合に強化するのを止めた。治療者がそれをできるまでに半年かかったが,それが地についたころに,クライエントは,もう自分でやれるようになりました,と述べるようになった。

懇親会などでは,演者は人に囲まれて,マインドフルネスについて説明していました。聴衆の関心は高いです。演者は禅をたとえに,マインドフルネスを説明します。聴衆は自分なりの解釈,自分の治療行動で似ていそうな体験を述べます。そして演者は,そんな感じです,とほぼ,100%に承認を与えています。聴衆は,なるほど,とうなずき,ありがとう。

私はアクセプタンスと置き換えて考えていました。聴衆がいろいろな話をもってくるでしょう。どれに承認を与えて,どれには与えず(分化強化),あるいは反駁し(消去はできないから,野次馬聴衆に対するフィードバック,先行刺激呈示),そして自分の承認行動がどういう結果を生めば,良かったことになるのか,考えておりました。

まだよく答えがわかりません。先の演者のように,ほぼ100%に承認を与えるのは,いかにもまずい。一方,どれを選んで強化したらいいのか,まだ答えがわかりません。



posted by shrinker at 13:01| Comment(5) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
彼の発表内容でのマインドフルネスという概念ならば,彼の懇親会での対応は

マインドフルネスを「非マインドフル」に説明した

ということになりますでしょうか...
もしマインドフルネスを「マインドフル」に説明しようとしたら,

1)自分の発表内容を質問者に言語化してもらう
2)それでも「だから何?」と質問されても「だから,そういうことなんです」と答える
3)「それではわからん」と言われたら「それこそがマインドフルネスの入口」と答える

でよかったのではないでしょうか?
禅問答みたいですが...いかがでしょうか?

少なくとも「新しい」とタクトされる事物は「容易に分かるものであってはならない」と考えますが...


Posted by Muty at 2006年03月06日 14:47
私の方は横にいたものだから,茶々をいれてしまいました。
In vivo exposureをするときの注意の向け方。
うんこ,ならば,うんこ怖い,どうしよう,という情動反応(正確に言えば,情動をタクトする発言)には応じず,他のタクト(「このうんち健康そうですね。完全消化。肉食の人のうんちですね。くさくない。あら,スイカの種発見」)をすることを強化すること。そしてその方向にexposureをもっていくこと,と説明していました。
ただし,その場では,タクトや強化することとかは述べていません。
ところで,Mutyさんに聞きたいと思うこと。
1 マインドフルネスを苦痛に思う人もいるように思います。離人感なんかそうです。重いうつ病の時には,情動反応がない,悲しいことを思い起こしても,悲しいという情動が起きない,それが辛い,とおっしゃる方があります。
2 小泉さんはマインドフルネスを国会で実践している気がする。永田さんはできていない。
Posted by shrinker at 2006年03月06日 17:10
さっきのコメントでは

1)〜3)のように

と言いましたけど,おそらく「その場」に私も居たら,「内容的に」応答していたはずです...
また,発表者の方はマインドフルネスというより「単なる禅」の人なんじゃないかとちょっと疑ってしまうことがあります...

1 マインドフルネスを苦痛に思う人もいるように思います。離人感なんかそうです。重いうつ病の時には,情動反応がない,悲しいことを思い起こしても,悲しいという情動が起きない,それが辛い,とおっしゃる方があります。

おそらくresponse-abilityの低い状態にあったら,マインドフルネスはノってくれないですよね。そういう方はcommitment方面をもっと攻めていくという感じでしょうか?


2 小泉さんはマインドフルネスを国会で実践している気がする。永田さんはできていない。

あぁ...確かに...ベタに対応した方が負けってことですね? ディベートの戦術にもマインドフルネスっぽいものはちゃんとあるのでしょうか?
Posted by Muty at 2006年03月06日 19:49
Mutyさん
1)自分の発表内容を質問者に言語化してもらう
 〜途中略〜
禅問答みたいですが...いかがでしょうか?
少なくとも「新しい」とタクトされる事物は「容易に分かるものであってはならない」と考えますが...

正しいです。一方,
1)容易に分かってはいけない,という方針は,行動分析が敬遠される理由と関連していると考えます。
2)発表者の例と比べると,聴衆は禅問答のように思う可能性が高まるでしょう。
「マインドフルネスというより,単なる禅の人」というように聴衆が思う場合を例に挙げます。
聴衆の中でも禅に明るい人は,「この発表者は,禅の真似事,禅の精神もなにもわかっていない」と考えるでしょう。一方,『「それではわからん」と言われたら「それこそがマインドフルネスの入口」と答える』であれば,「高僧の再来」と思われたりして。

第二世代の行動療法の最大の功績は,行動療法を誰にでも分かりやすくし,普及に貢献したことだと思います。

Mutyさん
おそらくresponse-abilityの低い状態にあったら,マインドフルネスはノってくれないですよね。そういう方はcommitment方面をもっと攻めていくという感じでしょうか?

自分で書いといてなんですが,もともと,うつ病の治療として始まったのでした。離人感も治療するつもりで,マインドフルネスをすることになっているのでしょうね。

ところで,小泉さんの国会答弁は,説明もしないし,弁解もしない。Mutyさんが書かれたようにべたに対応しない。
なにを言われても,腹が立った,言い負かしてやろうという,はからいをしないのは政治家の格が高いということなのでしょう。
動機づけ面接を行うカウンセラーにも,必要なトレーニングかしらん,と思います。目の前のクライエントが何を言っても,むきにならない。

Posted by shrinker at 2006年03月07日 07:41
発表者の発表の様子について追加
チョコレートのエクササイズがありました。
聴衆にチョコレートをあたえ,それを食べたときの五感の感覚をタクトすることを強めるように,フィードバックしていました。
私は,「このチョコはフルタのチョコ並だ。カロリーはいくらあるのかしら?カカオの成分はどれくらい?将来太るかも。やっぱりGodivaが食べたい。」と言ったような感想を述べることを考えていました。こうした感想だったら,発表者はどう応じるのだろう?と考えていました。
私は,発言しませんでした。
Posted by shrinker at 2006年03月07日 07:46
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